【分解】ソニーが作った小型スマホ「Sony Ericsson XPERIA ray」は物の本質的価値を語る。

2011年にSony Ericssonから発売された最小級コンパクトスマホ「XPERIA ray (SO-03C/st18i)」を分解します。

とにかく小さい

XPERIA rayの最大の特徴はこのサイズ感。幅53mm 縦111mm 厚さ9.4mmで重さは僅か100g。並べたキャッシュカードが大きく見えるくらいの小型スマートフォンです。
超小型端末として記憶に新しいRakuten miniを縦に5mmだけ長くしたサイズ、と言えばお世辞の小型ではないということが分かるかと思います。

手に取ってみると持つというより指先に乗せるような感覚。長さがあるためかスティック状で持ちやすく、小ささのわりにグリップ感があって持ちやすい形状です。
側面のアルミフレームが硬質な手触りでカチッとした剛性感があります。

ウォークマンのような佇まい

半月型のホームボタンは物理ボタン。縁取りの三日月状のクレセントラインは発光して通知ランプになります。ここは先に発売されていたウォークマンX(NW-X1060)を彷彿とさせるデザインです。

3.5mmのイヤホンジャックを持ち、電源キーをTop面中央に配置した辺り、そのシルエットはさながらウォークマン。
小型スマホでもしっかりとブランドアイデンティティを表現するところは「さすがソニー」と言わざるをえません。
小型スマホのデザインにおいてこのXPERIA rayは美しく異彩を放っています。

バッテリーは交換できるしmicroSDも使える

背面全体を覆うカバーを取り外せばバッテリーを交換可能。標準サイズのSIMカードとmicroSDカードのスロットを備えます。
このサイズでイヤホンジャックがあってバッテリーが交換できてSDカードが使えるなんていったいどんな構造をしているんだと分解を思い立った、というわけです。

分解を始める

サブアンテナが組み込まれたプラスチック製カバーを外して出てきたのは大きなメイン基板を覆い包む大きなFPC。
たくさんの部品が集中していてかなり混雑しています。とにかくパンパン。

メインカメラ

サイコロのような箱型のメインカメラモジュール。Pixel8 Pro(2023年発売)と並ぶと小ささが際立ちます。
8mm角、高さ6.5mmと今時のスマホのフロントカメラ相当のサイズで、センサーは810万画素のExmor R for mobile。

イヤホンジャック

マイク付きイヤホンに対応する7ピン6端子の3.5mmイヤホンジャック。FPCとはピン接点で接続。

放熱が厳しいメイン基板

FPCの下に隠れていたのは想像通りの小さなメイン基板。
基板に乗りきらなかったSIMカードスロット、イヤホンジャック、近接センサー、フラッシュLED、キースイッチ、Bottom側デバイスとの中継機能をFPCに分散。FPCと基板の2層構造にしたことで基板を小型化しています。
その反面SIMカードスロットを基板の発熱部に直接乗せることになり、露出しているカードスロットの板金部分が結構な高温になってしまいます。
主要な放熱部品となるインナーフレームとの接触媒体は水色の導熱パッド一枚のみ。最も高温になるエリアにも導熱補助部品はありません。

2023年発売のmoto G53yの基板と比較すると約35%も小型でありながらmicroUSBコネクタ、SDカードスロット、バッテリー接点をマウントしていることに驚かされます。メモリは今は無きエルピーダ製。
もう一度熱設計に目を向けて見ると、熱源が集中していて発熱に対して不利なレイアウトであるにもかかわらずここでも放熱部材は使用されていません。
MSM8255のダウンクロック版を採用することで発熱を抑え、端末全体の放熱構造を簡素化するコンセプトなのかもしれません。

オンボードの極小フロントカメラ

なんとフロントカメラはオンボード。しかもサイズは3mm角、レンズ径も0.5mmと針の穴のような小ささ。一見では気付かないくらいさり気なく置いてあります。
極小カメラを基板に直接マウントすることで極限の省スペースを図っています。その手があったかと驚かされるポイント。
32万画素の低解像度ながら日本向けXPERIAで初となるフロントカメラはまさかのオンボードでした。

旧式の電源キー・volキー

今ではあまり見ることの無くなったシリコンラバーと樹脂製キートップを一体にしたキー部品。
現在主流となっている設計と違い、スペースの消費量のわりにクリック感が悪く防塵性も大きく劣ります。

イヤースピーカー

イヤースピーカーは通話時専用。サイズは特別小さいわけではなく、厚さがやや薄い程度。
共振が起きそうな薄い板金に直接貼り付けてあり、音響的には厳しい配置にみえます。

メインスピーカー

狭いスペースでも樹脂カバーで空間容積を確保した密閉型スピーカー。音質を左右するスピーカー空間内にシリンダ型のバイブモーターがあるという奇抜な構造をしています。こんなことをしてでも音質をできるだけ高めたいという工夫がみられます。
スピーカーの隣の2本の接点はアンテナ用。このスピーカーボックスにはシートタイプのアンテナが貼り付けられています。

サブ基板とホームボタンスイッチ

サブ基板の裏面にはホームボタンのスイッチとクレセントラインを光らせるための光学部品が貼られています。
ギチギチに部品が詰まっていたメイン基板側と違ってサブ基板周りはゆとりがあります。
ホームボタンが不要な今ではスピーカー位置の調整と併せてUSBコネクタをBottom側に配置することも十分できそうな雰囲気。

インナーフレーム

5本の固定ネジを外すとサイドフレームからインナーフレームが分離。
外装・剛性を受け持つ金属製サイドフレーム、内部部品の保持と放熱の役割をもつインナーフレームに分かれています。
これは複雑な形状を持つ金属外装を簡単に加工することができなったことと、バッテリーカバーとの噛み合わせを樹脂どうしにするためといった事情が想定されます。

フレームの固定ネジの極小ぶりは驚きでネジ径が僅か0.75mm。スケールのひと目盛りは1mm。驚異的な小ささで一般的な精密ドライバーでは刃の先端すら入ることができません。

LCD・サイドフレーム

LCDユニットはLCDモジュールと樹脂製の枠、アルミ製のサイドフレームで構成され、それぞれを両面テープで接着。端末の剛性を担う部分です。
樹脂製の枠はガラスの端面を守るように配置され、耐久性も意識していることが伺えます。
インナーフレームから数えるとメインフレームは3つの部品から成る3レイヤー構成。
今であればひとつのフレームにまとまるはずで、端末全体の構造が大幅に簡素化する上、防水・防塵性能、剛性の飛躍的な向上が望めます。

分解完了、思うこと

高密度実装の基板と大きなFPCを使ったデバイスの分散配置はソニーが得意とする隙間にモノを詰めていく設計そのものでした。
工夫を凝らした設計には小型スマホのロマンを実現するための熱意が感じられます。
スペックには表れない"欲しい"と思わせる魅力は発売から10年以上が経過した今でも劣らず、今の技術で再構築すれば使い勝手を伴ったかなり良いものが出来る可能性も秘めています。

目を見張るスペックと価格が華々しい中華系スマホの話題が目立つ現在。
次々と新商品を出してくる中華系メーカーは実はそこまで大したことはしておらず、Appleなど他社がやったことを強化設計したなど、既にあるものに手を加えたものが多かったりします。特段デザインが良いわけでもない、新規性があるわけでもないが、とにかく最新スペックで驚きの低価格。
資金力を振ってインパクトを派手に演出するし発言力のある人を巻き込んだプロモーションで一応は盛り上がる。
こんなことを猛烈なスピードで繰り返しているところが中華系メーカーならではの面白いところで、色々な意味で驚きの機会をたくさん与えてくれています。

常に最新最強のスマホを持つためにはユーザーは非常に短いサイクルでの買い替えを強いられます。スペックは鮮度。買ったその日から、この機種じゃないといけないという理由が急速に減退していきます。
メーカーが力を誇示するように開発サイクルを早めるほど鮮度の低下がより速くなるという葛藤が生じます。

しかしこのXPERIA rayのソニーらしさ全開の小型軽量設計のように他に無い物質的な価値を持つ場合は話が変わります。
iPhoneもそう。長年一貫した設計思想の精密なハードウェアは他に類を見ない物質的価値です。
本質的な真似が難しいからこれらの価値はなかなか落ちません。
人はこういった価値に心を揺さぶられ、強い愛着や共感が生じるのだと思います。

日系メーカーは中華系メーカー相手に勝てもしない、深く関わる必要の無い競争に中途半端に首を突っ込んで足掻いているように見えます。そうしているうちに価値ある製品の存在意義を自ら薄めてしまいました。
スペックと価格の競争に夢中になっていてはいけない、コンセプチュアルな製品がブランド力を高める、XPERIA rayはそういったことを強く感じさせる、今もなお色褪せない製品でした。